ゴルフスイング変遷史

1. 創成期
 最初期のゴルフクラブは非常に重かった。そもそも、ゴルフコースが短く、ロングドライブなど必要ではなかった。つまるところこの時代のゴルフはボールを転がしてピンに近づける遊びだったのである。
 この結果、この時代のスイングはパタースイングの延長のようなスイングとなった。ひじを引き、スイング軌道はフラット。そしてハードヒットはしなかった(クラブが重いから)。

2. ヤング・トム・モリス
 全英オープンが始まってまもなく、一人の天才がゴルフ界に現れる。それがヤング・トムモリスである。全英オープンに4連勝したこの不世出の天才は、近代ゴルフの申し子であった。
 つまり、この頃になるとゴルフコースの距離は伸び、クラブもやや軽くなった。このため、ロングヒットが重視され始めたのである。
 ヤング・トムのスイング写真は残っていないが、ややアップライトなものであったと伝えられている。つまり、ボールを高く上げるようになったということである。

3. ハリー・バードン
 ゴルフがアメリカに渡った頃、ゴルフスイングを変えた男が現れる。それがハリーバードンである。全英オープンに7回も勝ったバードンは現在、いわゆるバードングリップと、アメリカツアーで年間最少平均ストロークを獲得したプロに贈られるバードントロフィーに名を残している。
 彼のスイングは彼が開発したといわれるオーバーラッピンググリップが示す通り、手の力よりも身体の回転を重視するものであった。この時代のスイングは手の力と左右への重心移動を重要視していたのである。これは既にこの時代ロングヒッターが有利であった事を示している。しかし、バードンは非常にアップライトなスイングとスムーズな回転で、パワーではなくクラブの撓りと遠心力でロングヒットが可能である事を証明してみせたのである。この結果これ以降、ゴルフクラブのシャフトは細く、ホイッピーなものになり、重量も軽くなっていったのである。

4. ボビー・ジョーンズ
 ゴルフの中心がアメリカに移り、ゴルフコースはフラットで長くなった。ラフも浅く、風も弱い。この結果、これ以降のゴルフは圧倒的にロングヒッター有利となっていくのである。糸巻きボールが開発され、スティールシャフトが取りいれられた。これも新たなるパワーゴルフ時代の幕開けに繋がって行く。
 ボビー・ジョーンズはどちらかと言えばクラシカルなゴルファーであった。それは彼がヒッコリーシャフトのクラブを使っていた事からも明らかである。体も小さく、パワーに溢れるというタイプでもなかった。彼こそがそれまでのゴルフの集大成とでも言うべき存在だったのである。すなわち、低いドローで距離を出し、アプローチとパットでスコアを作るタイプのゴルファーだったのである。
 しかし、彼はロングヒッターではあった。スイングはややフラットながらバードンの流れを汲む回転型で、シャフトの撓りに回転を同調させるスイングであった。このスイングはタイミングさえ合えばパワー以上の飛距離が出せる上に方向性にも優れている。更にフルショットからアプローチまで一つのスイングで行えるという利点もある。
 彼は年間グランドスラムを達成して引退したが、この後、ゴルフは新たな時代に入っていくのである。

5. バイロン・ネルソン
 バイロン・ネルソンこそ現在まで連綿と続く現代ゴルフの祖である。
 ネルソンのスイングは、重心移動を抑え軸を作り、上半身の捻転によってパワーを出し、フェースローテーションを抑えてクラブを真っ直ぐ振るというまったく新しいものであった。彼は長身で腕力も強かった。その恵まれた才能をあます所無く発揮するにはシンプルなスイングがベストだったのである。それを可能にしたのが捩じれが少なく、ヒッコリーよりも遥かに硬いスティールシャフトであった。つまり、シャフトの撓りをかなり無視して振れるようになったのである。それまではシャフトの撓りに手の動きを合わせなければパワーのロスに繋がった。腕力のあるプレーヤーが必ずしも有利ではなかった理由である。
 ネルソンは1945年に11連勝というとてつもない記録を作ったが、特筆すべきはこの年に平均ストロークが69台であったということである。これは、この時代のコースコンディションや用具のレベルから考えて驚異的な事であるといわなければならない。

6. ベン・ホーガン
 ホーガンはスイングのお手本として非常に有名だが、実際には彼が万人向けの理想のスイングをしていたとは言えない。
 彼のスイングは非常に強いフェースターンを行う。これはヒッコリーシャフトを使いこなすコツでもあったのだが、比較的小柄の彼が大男と伍していくためには、ボールを潰して低いドローを打たなければならなかったという理由もある。このため、彼は生涯フックボールに悩まされた。リストを強く使い左手の甲でボールをハードヒットするのはテキサスの風土が低いボールを要求したのであろう。彼のスイングから学ぶべきは下半身の安定感と上半身の使い方の単純さである。彼の下半身はあれほどのハードヒットにもかかわらず非常に安定していた。これは、彼が縦方向の重心移動をほとんど行わなかった事による。上半身は前傾が最後まで崩れない。これが彼を史上最高のショットメーカーにした理由である。

7. サム・スニード
 彼のスイングは独特である。クローズスタンスで強いフックを打っていた。彼は「ボーンゴルファー」と呼ばれたが、これは彼があくまでこの自己流スイングを推し進めた結果である。
 クラブをナチュラルにリリースすれば、当然手首がターンしてボールはフックになる。ゴルファーの多くがこのフックの壁にぶち当たって悩むのは人間の身体とクラブの構造上止むを得ざる事なのである。しかしながら、スニードはこの壁を非常に単純な方法で乗り越えた。
 リズムとタイミングを重視し、手首の返り方を一定にする事によってフックの度合いをコントロールし、その分右に狙いをつけたのである。単純だが、これを実現するには狂う事の無いリズム感と、全身の筋肉をリラックスさせる事が必要であり、誰にでも出来る事ではない。しかも彼はこのスイングで自在にボールをコントロールしてみせた。この非凡さが彼を唯一無二のスインガーにしたのである。
 では、彼のスイングが参考にならないかと言えばそんな事はない。全身をリラックスする事によって、むしろ引き出せるパワーが増大する事は誰にでも体感できるし、リズムを揃える事によってリリースポイントを一定にする事は球筋を揃えるのに役立つ。

8.アーノルド・パーマー
 パーマーのスイングは非常に独特であると一般的には思われている。あの強烈なハイフィニッシュがそういう印象を植え付けるのであろう。
 しかしながら、彼のアドレスからトップ・オブ・スイング、インパクトに至るまでは非常にオーソドックスである。そもそも彼はパワーゴルフの祖と言われているが、それほど体格にもパワーにも恵まれていた訳ではない。ただし、ボールをハードヒットし、攻撃的なゴルフを展開した事に掛けては人後に落ちなかった。それでパワーヒッターという印象になったのであろう。
 特徴的なのは低い球を打っていた事である。スイングにもそれが現れている。固く握ったグリップ。インサイドにバックスイングし、フラットなトップから、ダウンブローに打ち込みつつインサイドに抜く。このスイングが生み出す球筋は低いフックであったろう。それをインパクトでフェイスをオープンにし、フィニッシュの工夫でフェイスターンを抑える事によってフックの度合いを抑えたのである。
 彼のスイングで見習うべきはインパクトで上体をけして起さない事である。

8. ゲーリー・プレーヤー
 プレーヤーは小柄な体格をカバーするために極端な肉体改造を行い、独特なスイングを作り上げた。彼のスイング写真をみると、彼が世界のトップであった事が信じられないほどである。窮屈なトップ、インパクトでは左足が伸び切り、頭は下がり、フォローでは転倒寸前になる。これは明らかにボールの叩き過ぎであり、ロングヒットへの飽くなき執念がにじみ出るようなスイングである。しかしながら、このスイングでは彼がロングヒッターになる事は不可能であったろう。ほとんど同じ体格であったベン・ホーガンがロングヒッターで鳴らしたのとは対照的である。この二人のスイングを並べてみれば、ボールをひっぱたき過ぎることが体の動きにどれほど大きなブレーキを掛けてしまうかが一目瞭然である。しかしながら、プレーヤーは練習と執念でボールをコントロールした。
 もっとも、彼の勝利のほとんど全ては彼の神業的なアプローチとパットが齎したのではないかと思う。

9.ジャック・ニクラウス
 ニクラウスこそ真のパワーゴルファーである。彼はいかなるスポーツでも成功したであろうアスリートであった。
 彼のスイングはアップライトスイングであると言われるが、それは彼の長身とやや猫背気味のアドレスによるものである。実際には殊更アップライトなスイングを意識していた訳では無いと思う。特徴と言われるフライングエルボーも、スイングの流れの中で自然に胸を広く使った結果であり、意識した動きではない。
 彼のスイングで本当に特徴的なのはレッグアクションである。即ち、足首のローテーションでスイングをコントロールする発想はそれまで無かったものである。彼のコーチであるジャック・グラウドはスイングの動きを突き詰めれば足首のローテーションに行き着くと看破したのである。つまり、左足首を内転させる事によってバックスイングを始め、ダウンスイングを右足首の内転から始めれば、それ以外の体の動きは自動的に行われるのである。クラブヘッドから最も離れた足首を起点にする事で、パワーを増幅させる効果もある。このシンプルな発想でニクラウスはスイングを自動運転に近いものとする事が出来たのである。
 もちろん、これは誰にでも出来る事ではない。絶え間無い練習でスイングをきっちりと作り上げてこそこのメゾットが生きてくるのである。全盛期のニクラウスはこの足首のみを意識すれば自然にスイングが出来たのであろう。それが彼のゴルフ独特の余裕に繋がったのではないだろうか。

10.リー・トレビノ
 彼のスイングはまったくもって独特であるが、上級者を目指すゴルファーならば誰もが理解できるものである。
 すなわち、そのスイングのあらゆる部分がフックを防ぐためのものなのである。フックグリップで手首のローテーションを抑え、オープンスタンスでカットに振りぬく。つまり、スライスボールを打つためのスイングなのである。それでいてややクラブを寝せて下ろす事によってインパクトゾーンを長くし、コントロール性を向上させる事に成功している。フックで痛い目を見た事があるゴルファーなら絶対に彼のスイングを笑わない。
 サム・スニードと対称的なスイングであると言って良い。実は、この彼のスイングこそ現代のクラブを使いこなすためのヒントに満ちている。すなわち、手首のローテーションを抑え、クラブを寝かせて下ろす事により、長くてヘッドの大きなクラブを使いこなし易くなるのである。

11.トム・ワトソン
 彼は小柄ながらロングヒッターであった。これは彼の腕力が並外れて強かったからである。そのため、彼は腕を気持ち良く振る事を主眼にスイングを作り上げた。
 肘を曲げてアップライトにクラブを担ぎリストを使ってダウンブローにクラブを叩き込む。身体のねじりはあまり使わず、手の振りを邪魔しない様に身体を逃がす。
 このスイングは腕力のあるアマチュアゴルファーが参考にすべきスイングであると言える。ただし、彼が全盛期にも荒れるゴルフで知られたように、このスイングはタイミングが少しでも狂うとボールが大きくひん曲がる危険性を持ってはいる。

12.セベ・バレステロス
 私が史上最も好きなスインガーの一人である。
 非常に素晴らしいアドレスから、やや手首を使ってクラブを上げ、鞭のようにクラブを撓らせて下ろす。スイングのあらゆる部分にボールを操ろうという意図が見える。彼ほど創造的なゴルフをした者は恐らく存在しないだろう。
 彼は30前に全盛期を迎え、その後急速に凋落したが、これは彼のスイングに問題があったというよりは、背中を痛めた事によるものだと思う。それをカバーするためにスイングを改造した事が結局は命取りになった。
 しかしながら、全盛期の彼のスイングは素晴らしかった。もっとも、真似が出来る部分はアドレスと頭の残し方くらいしかないのだが。

13.グレッグ・ノーマン
 私が最も好きなゴルファー。何しろカッコよかった(笑)。悲劇の男、メンタルの弱い男として知られているが、アグレッシブなゴルフと立ち振る舞いが素晴らしい「みせる」ゴルファーだったと思う。
 本題から逸れたが、彼のスイングも素晴らしいものであった。若い頃はニクラウスの真似をしようとしたというが、スイングそのものはけして似ていなかった。良いアドレスから手でバックスイングするものだからアップライト過ぎるバックスイングとなり、ダウンスイングの詰まりを右足のずらしで解消していた。そして物凄いハードヒット。恵まれた体格と分厚い筋肉、足の強さがスイングを支えていたが、30歳を過ぎて次第にスイングをフラットにし、身体の捻転でスイング全体を効率良くコントロールするようになった。しかし、そのハードヒットは健在で、この部分は彼のファンだったタイガー・ウッズにも継承されている。
 フォロースルーで身体の回転と腕が同調している点は是非真似すべきである。

14.ニック・ファルド
 1990年代にゴルフを始めた人であれば、一度は彼のスイングを見た事があるはずである。「ボディターン」という新しいゴルフ用語と共に、彼のスイングは伝説となった。
 「ピクチャーパーフェクト」つまり、見た目に欠点が見当たらない完璧なスイングである。連続写真のどこを抜き出してもまったく非の打ち所が無い。パーフェクトなアドレスから、肩のターンでバックスイングが始まり、やや早いリストコック、完璧なトップ・オブ・スイングから、シャフトプレーンに沿ってダウンスイング。ボールが無いかのようなインパクト、フォロースルー。体に負担が掛からないともてはやされたI字型フィニッシュ。まさに教科書通りである。
 しかし、彼自身が飛距離の不足に悩んだ事が示すように、このスイングには力感が欠けていた。あまりに腕を振らず、体重移動をまったく飛距離に結び付けなかったので、腕とクラブの長さ以上の距離が出せなかったのである。そもそも彼のスイングはトム・ワトソン風の腕を振り過ぎるスイングの反省のもとに生まれたものなのだが、反省が行き過ぎたのである。この反省が彼の弟弟子であるアーニー・エルスのスイングに活かされている。
 しかし、ボールを叩き過ぎる人には彼のスイングを模倣する事が良い処方箋になるはずである。

15.ニック・プライス
 彼のスイングは1990年代に流行ったいわゆる「ボディターンスイング」の完成形の一つである。すなわち、上体のターンが腕の振りをコーディネートするという理論である。体重移動は大人しく、そして上体は捻転というよりはどちらかと言えば回転を主体とした。このスイングは極めてボールコントロールに優れ、難易度の上がりつつあったコースセッティングと1980年代を支配したハードヒット病に悩んだプロには絶賛されたが、やはり飛距離に問題が残るために廃れていったのである。ちなみに、私のスイングもこの系統である。ゴルフを始めた時期のスイングがそうだったので仕方が無いが、おかげで飛距離の不足に悩んでいる。
 プライスのスイングはバックスイングのシャフトプレーンとダウンスイングのシャフトプレーンが同じという理論的には完璧なものである。しかしながら体重移動が少なく、どうしても飛距離が出なかった。彼の全盛期が短かったのは偏にそのためである。
 しかし、そもそもボールを叩けない女性や老人には彼のスイングの真似をお勧めしたい。ただし、独特な早いリズムは採用すべきではないが。

16.アーニー・エルス
 1990年代後半になって、ボディターンスイングは廃れて行く。ビッグヘッドメタルからチタンヘッド、カーボンシャフト、2ピースボールの出現によって、強く叩いても以前よりボールが曲がらなくなってきたからである。ジョン・デーリーやトム・レーマンなどがその最初のはしりである。ハードヒッターが復活する兆しがあったのである。
 しかし、ここに新時代の到来を告げる二人のプロが現れる。登場順に上げるが、最初はこのアーニー・エルスが新時代の扉を開いた。
 彼は並外れて恵まれた体格と柔らかい筋肉というゴルフの神様に祝福されたような素質を持っていた。そして、その素質をあます所無く使ってスイングしたのである。
 レッドベターに師事し、ボディターンスイングの流れを汲みながら彼のスイングにはそれを超えた部分があった。つまりボディターンでは忌避された強い捻転を行い、短いながらも強い体重移動を行ったのである。このため強いハンドリリースが行われ、初期にはボールを右にふかせてしまう事もあった。しかしながら飛距離は古い型のボディターンスイングよりも格段に出た。もちろん、ハードヒッターよりもコントロールには優れていた。これが21世紀型のボディターンであり、現在プロの間では主流になりつつあるスイングの最初の現れである。

17.タイガー・ウッズ
 彼の出現はゴルフスイング史に限っても衝撃的であった。
何しろその飛距離である。その恐るべき弾道はそれまで主流だったボディターンスイングを一気に過去のものとした。その飛距離が、単に腕を振るだけのハードヒッティングでは到底生み出し得ない事を、ゴルファーはたちどころに理解したのである。
 それは、ボディターンと腕の振り、捻転と体重移動の完璧な融合であった。初期にはクローズスタンスであった事が示すように、クラブを強くローテーションする事さえしていた。飛距離を究極的に求めるスイングである事は明らかであった。
 しかしながら、方向性にもかなり優れていた。これはスイングそのものはボディターンがコントロールしていた事を示している。即ち、身体の回転と腕の振りを高い次元で同調させているのである。古いボディターンスイングがどちらかと言えば身体のターンに合わせて腕の振りをセーブしたのに対して、腕は完璧に振り回しながら身体のターンもそれに合わせるのである。しかも、容赦の無い体重移動によってからだの動きには一瞬の遅滞も無い。
 まさに、究極のスイングである。もちろん、こんなスイングは誰にでも出来る事ではない。身体的才能と良いコーチに恵まれたウッズにしか出来ないスイングである。デビュー後数年、彼が無敵を誇ったのも無理からぬ話である。
 しかし、現在では多くのプロがこのスイングを身に付けつつある。ヴィジェイ・シン、フィル・ミケルソンなどがその一例である。アメリカツアーは恵まれた身体的能力を持ったプロがその才能を100%発揮しなければ戦えない場所になりつつある。平均飛距離は300ヤードを越え、それでいてフェアウエイキープ率が7割を切ったら、ウッズでさえ勝てない戦場となったのである。
 ここまで行くとそのスイングは肉体の芸術というべきレベルに到達し、僅かな狂いが全てを台無しにする危険性をはらんできている。プロの練習時間は増え、調整は繊細を極める。まるでF1の世界である。ここまでくると、アマチュアが真似出来る部分は…、ほとんど見当たらない。

 ゴルフスイングはこれ以上どのように進歩しようというのだろうか?興味深く見守りたいものである。




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